もう一つのモンキーターン
(2)もし勝ったら…

作・マスタングさん



宮島競艇場一般戦4日目、選手たちが忙しそうに動き回っているピット裏を阿部修介が岡泉誠二と一緒に歩いていた。
「いや、そう来たら先に行かして差した方がええ。ツケマイに行くと艇が少し暴れるんや。」
「なるほど。」
新人に厳しいので有名な岡泉であるが、阿部は2日目のレースの印象がよかったらしく、めずらしく岡泉に気に入られていた。
「まあ、走ってみたら一番分かると思うで。お、波多野!」
岡泉は前からやって来た波多野に気付いて声を掛ける。
「あ、岡泉さん。阿部ちゃんも一緒だったの?」
「波多野、だいぶ手の調子はいいみたいやね。」
「はい。よほど水面が荒れてない限りはあまり痛まなくなりましたよ。」
「でも今節はやらせへんで。」
「望む所ですよ。ところで阿部ちゃんはどうしたんだい?調子悪いみたいだけど。」
「そういやワシに勝った後から成績悪いな。」
その二人の目を見て頭をかいて阿部が答える。
「いえ、あの後からモーターの調子が落ちてきたみたいなんですよ。今日もこれから整備しなくちゃいけないんです。そういうことで僕はそろそろ。」
そう言って、阿部は二人に頭を下げてその場を後にした。

整備室にやって来た阿部、2日目の岡泉に勝ち1着を取った後のレースからモーターの調子が落ちてきた為、ずっと整備の為に整備室とコースを往復していた。
(なんとか調子はマシになってきているけど、まだまだ足りないな。)
レンチを手に持って頭をかきながら考える阿部。そこに同じく整備の為にモーターを持って小林瑞希がやって来た。
(あれ?あの子は…。)
阿部に気付いた小林。ちょうど阿部の隣が空いていたのでそこに行くことにした。
「どうしたの?」
「いえ、モーターの調子がなかなか上がらないんですよね。とりあえずピストンを変えたら少しはマシに….」
そう言いながら何気なく声の方を向いた阿部であったが、
「どわ!!」
と小林を見るなり大声を上げてしまった。それを見て大笑いする小林。

「ふーん。で、色々試してるんだ?」
「ええ、小池さんには何事も経験だって言われちゃいましたし。」
モーターを分解しながら阿部と小林が話している。
「そうなの。大変ね。」
そう言いながら小林はテキパキと手際よくモーターを分解する。
(小林さんって意外に起用なんだなー。)
というようなことを考えて小林の作業を眺めていた。
「どうしたの?」
ふっと小林がそれに気付き、阿部に聞く。
「いえ、小林さんってモーターの整備得意なんですね。」
「そうでもないわよ。これでも色々四苦八苦してるんだから。で、阿部君のほうはどう?」
「ピストンを変えて調子は戻ってきた気がするんですが、今一つなんですよね。ここからどうするか…。」
さっきと同じようにまたもレンチ片手に頭を抱える阿部。そこへ、
「ちょっと見せて。」
と小林がモーターを見てみる。
「ここ、かえたほうがいいんじゃないかな?」
「どこですか?」
「ほらここ。ちょっと痛んでるわよ。」
などと、小林にアドバイスをもらいつつ阿部はモーターを整備していった。そして、整備が終わり、
「ありがとうございました。小林さん。」
と一礼した直後、小林に
「今日の準優頑張ってね。」
と言われ、かなり嬉しい阿部であった。
その日勝負掛けとなった第6レース阿部はモーターの回復もあり2着で準優出を決めた。

その翌日、阿部は優勝戦に向けてモーターを仕上げる為整備室に向かっていた。整備室に入るとそこには小林の姿があった。
「小林さん、おはようございます。」
と、阿部の元気な声に笑顔で
「あら、おはよう阿部くん。」
とこたえる小林。その後に自分の隣が空いていたので、
「隣使う?」
と勧め、阿部もそれを受けて隣を使わしてもらうことにした。
「優出おめでとう。」
「いえ、小林さんのおかげです。」
「そんな、私はちょっと整備の助言しただけよ。レースで勝てたのは阿部君の力よ。」
「でも、僕のモーターの調子が上がってきたのは小林さんのおかげです。ありがとう
ございました。」
深々と頭を下げる阿部。それに少し照れながら小林は
「そんなにかしこまらなくていいわよ。」
と阿部に頭を上げるよういった。
「でも、この調子なら今日優勝できるんじゃない?」
「うーん、難しいですね。優勝戦は波多野先輩と和久井先輩、岡泉さんと世良さんまでいますからね。僕は可能性低いですよ。」
「そうなの。でもがんばってね!応援してるから。」
「はい!」
その時阿部のレンチが床に落ちてしまう。それを拾おうとした阿部と小林の手が重なる。
「あっ。」
一瞬の沈黙の後、阿部があわてて手を引き、先にレンチに触れていた小林がレンチを拾い阿部に手渡す。
「はい。」
「あ、ありがとうございます。」
その後、しばらく整備モーターを整備する音だけが響く無言の時間が過ぎる。
「あ、あの。」
先に沈黙を破ったのは阿部。
「な、なに?」
それに少しあわてた様子で小林が返事をする。
「あの、小林さんは今日レース後に何かご予定はありますか?」
「えーと、無いわよ。」
阿部のいきなりの質問に小林はわけの分からないまま答える。
「そのですね。」
「なに?」
阿部はしばらく黙った後、静かに息を吸って
「今日もし僕が優勝したら、今夜一緒にお食事行っていただけませんか?」
「えっ?」
いきなりの阿部の申し出に頭の中が真っ白になる小林。そしてとっさに
「ええ。」
と答えてしまったのであった。

 

(つづく)

 

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