H.B.Y.A!!

作・ロイさん



 競艇選手は年中休む事を知らない。フライング休みや斡旋拒否をしない限りは年末年始・盆も関係無しである。勿論、自分にとってその日が特別な日であっても………

「…ふぅ…」
 昇降機の前で青島優子は一つ大きな息をついた。丁度彼女の今節の戦いが終わっての一息だった。今節も慌しくそれほど良くないエンジンと格闘しながら日々を過ごした。そして最終日の今日、第10レースの選抜戦(※準優勝戦で3位〜6位であった選手が出場するレースの事)の戦いを終えた所だった。
「昨日は失敗しちゃったけど、何とか調整も上手くいって良かった…」
 しみじみと自分を慰めるかの様に呟いた。昨日の準優勝戦ではコース取りを失敗した時点で優勝戦の望みは絶たれていた。それでもレース後に更なる手直しを加え、今日のレースは自分でも納得行く結果を生む事ができたのだ。
「優子!」
「わ!」
 そんな時に青島は背中に誰かが乗っかってきた感触を受けた。声からしてそれが誰かはすぐに分かった。
「も〜みっちゃん、急に乗って来ないでよ〜」
「えへへ…ごめん、ごめん。」
 青島は振り返る前に自分の背中に乗っている人物に向かって抗議の声を上げる。その人物は少し笑いながら青島の背から離れる。彼女の名前は小林瑞木。青島と同期で最も仲の良い女友達であった。彼女もまたこの節での戦いを終えていたのだ。彼女の方は残念ながら準優勝戦にまで成績は至らなかったものの、一時の不振を考えれば十分戦ったと評される成績を残していた。
「優子、お互いにお疲れ様だったね。」
「うん。本当に疲れたよ。」
 小林のねぎらいに少し肩をすくめながら青島は本心からそう言った。実際疲れていたし、何も親友に嘘を言ってもすぐにバレてしまうので青島は小林に対しては一切の嘘を付いていない。勿論、逆の立場であったとしてもそうなのである。
「それから…」
「ん?」
 小林がなお言葉を告げようとするので青島は小首を傾げながら答える。
「あ…競艇場から出てからでいいや。私、先に帰る準備をしておくね。最終レースまでいるんでしょ?」
 一瞬の躊躇の後、小林は首を少し横に振ってから話題を変えた。どうやら本当に言いたかった事はそんな事では無かったらしい。青島はそれに気付いたが、
「うん、ごめんね。終わったらすぐに帰るから。」
と、頷きながら答えた。待ってるから、と青島の返答に短く小林は答えると自分の控え室へと向かって行った。

 それは突然の事だった。
「おめでとう、優子。」
「へ?」
 目をパチクリとさせる青島。レースが終わり、競艇場から離れて間もなく小林に急に言われたものだからすっかり混乱していた。その様子に呆れる小林。
「へ?じゃなくて!今日は何月何日?」
ズイッと身体を乗り出しながら青島に尋ねる。その問いに青島は視線を上に向けて頭の上に浮かんでいるであろうカレンダーを見る。
「今日?え〜っと、3月7日…あ〜私の誕生日だ!!」
 ようやくそこで気付く。そう、今日は平成16年3月7日。青島がこの世に生を受けて丁度25年になった日なのである。
「本当に忘れてたの〜?」
 信じられないといった表情で小林は溜息を付いた。
「うん、みっちゃんに言われるまで本当に気付かなかった。レースの事で頭が一杯だったし…」
 首を振りながら本当に分からなかったのというジェスチャーをする青島。
「も〜まあ、優子らしいと言えばそうなんだけどね。」
 呆れながらも、それが親友の性分だと分かっている小林は笑った。
「えへへ…」
 それに合わせて青島は照れ笑いに似た笑みを浮かべた。
「で、せっかくだから一緒にご飯食べに行こう!優子の誕生日、私にお祝いさせて。」
 並んで歩いていた青島の一歩前に出て身体を反転させ、青島の正面に向かい合い小林は誘った。
「うん、ありがとう!」
 大きく頷いて青島は小林のお誘いに乗ったのだった。

「今日はありがとう。ご馳走になっちゃった。」
「だって今日は優子にとって特別な日でしょ?遠慮なんていらない、いらない!」
 実は手回しの良い小林は前検日の前日に自分がレース後に良く立ち寄るレストランに青島の為に予約を入れていたのだ。普段はお目に掛かれない様なご馳走に青島は目を丸くしたくらいだ。たっぷりと時間を掛けて食事を楽しんで外へ出た後、青島は小林にお礼を言った。それを小林は笑顔で返すと、思い出したかの様に自分のバッグから携帯電話を取り出した。
「あ、そういえば携帯電話に何かメールとか入って無いかチェックしておかなきゃ。1週間も放っておいたからな〜」
 そう言いながら小林は携帯の電源をおもむろに入れる。競艇選手は前検日からレースが終わるまで不正防止の為、外界との連絡が出来る様な物…すなわち携帯電話やパソコンなどの通信機器の持ち込みを禁止されているのだ。従って前検日から携帯電話の電源は落ちっぱなしの状態になるのである。
「あ、忘れてた。私も携帯の電源…と。」
 小林の行動に倣って青島も自分のバッグから携帯電話を取り出し電源を入れた。
「う〜ん、私はお母さんからだけ…ね。優子は?」
 しばらくメールチェックをした後で小林は唸る様に言った。少しつまらなそうに小林は自分と同じ行動を取っていた青島の様子を聞く。しかし青島はそれに答えず、画面を見たまま止まっていた。しばらくしていると最初は怪訝そうな顔、そしてクスクスと笑い出し、最後に嬉しそうに微笑む顔になった。
「優子?」
 クルクルと表情が変わる青島に気付いた小林は肩口から青島の携帯電話の画面を覗き込んだ。そこに映っていたのは…
「あ〜愛しのは・た・の・く・んからだ〜♪」
 嬉々とした表情で小林が声を上げた。画面には波多野から送られたメールが映っていたのだ。もし他の同期が見たら驚いたに違いない事実であったが、小林は決して驚く事はなかった。何故なら小林は青島が波多野と付き合い出してから間もない頃にまだ皆には内緒よ、と念を押されながら青島本人から聞かされていたからなのだ。親友という事もあるが、小林が口が堅いという性格も手伝っていたからこその告白だったのだ。ちなみに波多野の方は青島と逆で明日には前検日の為に別の競艇場の近くにいた。
「ちょ、ちょっとみっちゃん!!」
 小林の声が急に肩口から聞こえ、青島は驚きながら画面を小林に見せまいと慌てて携帯電話をバッグに入れ様とした。今更遅い行動ではあったが。
「いや〜あてられますね〜」
 小林はそんな青島をからかうかの様に右手をパタパタと自分の顔に向けて仰ぎながら言った。顔は未だに満面の笑みである。すっかり真っ赤になってしまった青島は口をパクパクとさせていたが、
「!…!!……!!!」
 何を言ったら良いのかがわからずただただ目を見開くばかりだった。

 しばらくすると、青島はようやく落ち着きを取り戻した。
「も〜本当にみっちゃんは…」
 溜息を付きながら、やれやれといった感じで青島は言葉を絞り出した。
「だって〜面白かったんだもん♪」
「面白いって…」
 あっけらかんとそう言われてしまっては青島は反撃する手段が無かった。
「ね!せっかくだから波多野君からのメール見せてよ!」
 立て直す前の突然の小林のお願いに青島はまた顔を赤くする。
「いや、だって…ええ?」
 青島はひどく狼狽した。小林は単にそれは青島の照れからである事は分かっていたから構わずに青島の手から携帯電話をひょいと取り上げる。
「え〜っと…なになに〜」
「あ、みっちゃん、ちょっと!!」
 取り返そうとする青島。その手を巧みに交わし小林は波多野からのメールを読んだ。
『レースお疲れ!  ↓  』
 小林は指示通りに携帯電話の画面下にあるスクロールバーを操作し、下へスクロールさせる。そこには、
『↓』
と、書いてある。更に下へスクロール。傍らではもう観念した青島が小林の様子を伺っている。
『もっと早く』
 更にその速度を速める。
『親指でスクロールしてるだろ』
 小林は思わず自分の親指を見つめる。確かに親指はスクロールバーを触っている。何故か内心から期待が溢れてくる。更に下へ…
『人差し指を使え』
 構わず親指で操作する。
『まだ親指使ってるだろ』
「ぷっ!」
 小林は的確に図星を付かれて思わず吹き出す。
『笑うな』
「あはは!!」
 更に図星を付かれて思い切り笑う。
『だから笑うな』
「………!!」
 笑いすぎて小林のお腹が引きつりだす。
『もっと早く!』
 もう止まらない。小林は更に速度を上げる。
『もっともっと!!』
 もっともっと速くする。すると…

『Happy Birthday,Yuuko Aoshima!』

「お〜〜〜!!波多野君、やるねぇ〜」
 笑いから一転、小林は思わず感嘆の声を漏らす。青島は小林がどこを読んだのかを悟り、顔を伏せる。小林は何故親友の表情がコロコロ変わったのかを理解した。要するに今小林が感じた事がそのまま青島の反応でもあったのだ。ただ、そのメールの受け手が恋人なのか友達なのかの違いしか無かったのだ。青島はもう居ても経っても居られなくて小林から携帯電話を取り返そうとした。しかし小林はまだ画面を見つめていた。今度はちょっと神妙な顔で。
「?」
 青島はここで疑問に思った。実は青島は波多野の誕生日を祝う言葉までしか読んでいなかった。まだ下にメッセージが残ってはいないはず。少なくとも青島はそう思っていた。しかし、青島は見落としをしていたのだ。つまり、メッセージはまだ残っていた。丁度小林に携帯電話を取り上げられそうになっていた時だったのでうっかり見逃していたのだ。
「………ん〜優子。」
 小林は画面から目を離すと、まじまじと青島の顔を伺う。
「え?」
「ここからは優子以外立ち入り禁止みたい。」
「?」
 そう言うとはい、と先程までの意地悪はどこへやら、あっさりと青島に携帯電話を返す。慌てすぎていて青島はもうちょっとで落としてしまう程、自分の手の中で携帯電話を踊らせてしまった。一体小林は何を見たのだろう?青島の心中は穏やかではなかった。しかし、それを確認する前に、
「あ、そろそろ私帰らないと!優子は?」
 腕時計を見ながら小林は少し慌てた感じで青島に尋ねる。
「あ…私も。」
 青島の方は手に持っている携帯電話の時計を見ながら答える。
「うん、じゃあ、また競艇場でね。」
 波多野君によろしくね〜と、笑いながら小林は近くに止まっていたタクシーに乗り込んで行ってしまった。一人残った青島は改めて携帯電話の画面をメール画面に切り替えた。一体小林は何を見て自分にそう言ったのだろうか?再びスクロールバーを下に転がしながら自分が見た所にようやく辿り着き、そこでようやくまだメッセージがある事に気付く。そこにはこうあった。
『電話必須。出来るだけ早めに出るから。』
『出来るだけ』という所が如何にも波多野らしい。
「もう、波多野君ったら…」
 クスリと笑いながら青島は波多野の携帯電話に繋がる番号を押し、耳にあてる。しばらくすると、青島の顔がぱっと明るくなった。
「あ、もしもし、波多野君?メール見たよ、ありがとう…」


 余談だが後日…波多野の携帯電話に小林からのメールが入っていた。
『他人が見たら恥ずかしくなる様なメールを送るんじゃないですよ〜82期のドボンキングさん♪』
「な!!」
と、何の事か分かった瞬間に顔を瞬間湯沸かし器のごとく真っ赤にする波多野がいたとかいなかったとか。

 

FIN

 

 


 

 え〜実は僕、今日が青島さんの誕生日だって事をつい最近知りました(爆)ちょっと誕生日まで時間があったのでせっかくだからと思って作ってみました。蛇足なんですが、ネタでは無く本当に彼女の生年月日と僕の生年月日がぴったり一致していました(爆)やっぱり青島さん好きなのは運命なのか!とかおバカな事を考えた僕を皆様、許して下さい(笑)それでは、また次作で。

 

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