婚約者ぁ?

作・ロイさん



「お疲れ様でした〜」
「お疲れ様。気をつけてな。」
 競艇場の中、最終日の優勝戦が終わったピット裏でめいめいに別れの言葉をお互いに掛けていた。俺も帰り支度をする。さっきまで優勝戦を戦っていたので一番最後に帰る事になる。ああ、言い忘れていた。俺は東京支部に籍を置くA2級の競艇選手だ。デビューして4年目の23歳だからまあまあの昇級具合と言える。でも同期の中にはA1級もちらほら出てきたのでそろそろ俺も…と思ってる。え?じゃあ、今日の結果はどうだったかって?…聞いてくれるな。俺の洋々たる前途を切ろうと思っていなければ。
 ちなみに今日は同じ東京支部の波多野さんと一緒に帰るという事になっていた。何故なら波多野さんも優勝戦に出場していたからだ。バリバリのSGクラスの波多野さんはやっぱり強く、あっさりとこの節の優勝をかっさらってしまった。3歳しか違わないのにこの差は一体何なんだろう?しかし基本的に理論派では無い俺が深く考えすぎても良い案なんか出る訳が無いので考えはそこで無理矢理打ち切った。
「お〜い、早くしないと行くぞ!!」
「ああ、待って下さいよ、波多野さん!!」
 そうこうしているうちに荷物をまとめた波多野さんが部屋から出てきた。優勝した波多野さんはあれから表彰式やインタビューなどを受けていたから俺よりも少し準備が遅れると踏んでいた。しかし、あっという間に出てきた物だから正直慌ててしまった。ずんずんと歩いて行く波多野さんの後を俺は慌てて追い掛ける。同じ東京支部の後輩なのにそこの所は厳しい。本当にそのままぼ〜っとしたら置いてかれそうだ。俺は波多野さんの横にようやく並ぶ。
「波多野さん、少しは待って下さいよ!!」
「え〜だって今から約束があるからな、ちゃちゃと行動しないと!!」
 そう言いながら波多野さんは歩を進める。
「約束ですか?これから?帰る以外に何の約束なんですか?」
「聞きたいか?」
 急にニヤ〜っとする波多野さん。ちょっと後ずさりする俺。
「は、はぁ…」
「あのな…俺の婚約者が迎えに来てくれる事になってるの!」
 凄く舞い上がっている感じで波多野さんが言いのける。
「はぁ〜婚約者…え?ええ!!波多野さん、婚約してるんですか!!」
 正直驚いた。同じ支部だったのにそんな話は聞いた事が無かった。一体いつ?あの女性と見るとすぐに話掛けるような波多野さんが?もう頭の中でグルグルと『?』が回っている。
「おう、つい1週間前にな。前検日の前の日だったから知ってるのは俺の家族と小池さんくらいかな?」
 指折り数えながら波多野さんが言った。
「そうなんですか…いや、びっくりしました。それはおめでとうございます。」
 ようやく心の整理を付け、波多野さんにお祝いの言葉を掛ける。
「ああ、ありがとうな。」
 満面の笑みでそれに波多野さんは答える。そこで俺は当たり前と言えば当たり前の質問を口に出した。
「それで、お相手の人って…」
「波多野く〜ん!!」
 その質問が完結する前に俺と波多野さんに向かって手を振りながら走ってくる女の人がいた。…ファンの人かな?でも今、波多野さんの事を『波多野君』と呼んでたな?と思っているうちにその女の人は俺らの前にやってきた。ショートカットにまんべんなく日焼けをした健康的な女の人だ。綺麗と言うよりは可愛いという感じ…わかりづらいかな?でも確かこの人とは初対面じゃなかったような気がする…え〜っと、どこで会ったっけ?色々と考えているうちに、
「そんなに慌てなくてもいいって。」
 ん?波多野さんも親しげにその女の人に話し掛けているぞ。
「だって波多野君が待ってると思って…」
 顔を上げて波多野さんの顔を見ている。完全にその視線は俺を差し置いて波多野さんにいっちゃってる…で、波多野さんの方を見てもやっぱり同じ様にその女の人にいっちゃってる。ああ、もしかしてこの人が波多野さんが言っていた…
「あの〜この方が波多野さんが言ってた婚約者の方ですか?」
 2人を邪魔するようで気が引けたが、思い切って声を掛けてみた。その言葉を聞いてようやく女の人が俺の方を見る。大きな目だな…
「ああ、ごめんなさい。私、青島優子と言います。」
 ペコリと律儀に青島優子と自己紹介した女の人が頭を下げる。ん?青島…優子?青島…青島…あ!!確かこの間見ていた競艇雑誌に載ってた人だ!!そんでもって以前唐津の一般戦で見事にまくり差された記憶がある。情け無い記憶だが…確か…波多野さんの同期で…。
「あの…確か福岡の…」
「ええ、そうです。唐津でお会いした事ありますよね?」
 あっさりと肯定。これで確定。目の前の女性は波多野さんの同期で福岡支部の青島先輩。女性ながらA1級で戦う選手…だったよな?それでいて波多野さんの婚約者。う〜む…
「ああ、いや先輩が頭を下げなくても…」
 少し恐縮してしまって頭を下げた青島先輩に言う。
「そうだぞ、青島〜コイツは今日の優勝戦で見事に転覆した男だぞ〜」
と、ここでからかい気味に波多野さんが言った。
「それ言わないでくれます?」
 そう、俺は今日の優勝戦の2周目の第2ターンマークで見事に転覆し笑い物になってしまったのだ。というか笑うな。
「ええ!大丈夫ですか?怪我は?」
 そんなハートブレイクな俺を慰めてくれる青島先輩。優しい人だな〜波多野さんにもったいない人だな〜という訳で波多野さんにはしっかりと反撃すべし。
「大丈夫です。何せ転覆に関しては一枚も二枚も上手の先輩と一緒にレースしてましたから。」
 精一杯の皮肉を込めた。
「あははは!!波多野君、言われちゃったね!」
「むぅ〜」
 俺と青島先輩にやり込められて黙る波多野さん、へへ〜馬鹿にした罰だ。でも結局は仲の良い2人を見せ付けられた感じがして少し悔しい。
「そうそう、波多野君。一応手続きしてきたよ。」
 手をパンっと合わせながら青島先輩が波多野さんに何かを報告する。
「あ、もうしてきたのか?」
「うん、こういう事は早くした方がいいかなって思ったし…」
 またも全然俺が入り込む隙が無い会話を交わす2人。一瞬、婚姻届の手続きかと思ったがいくら波多野さんでも婚約して1週間後に結婚は無いだろうと思った。確か波多野さんは三茶の生まれだからこういった手順はしっかり踏むはずだ。じゃあ、何だろう?またも勇気を振り絞る。少し悲しいのは気のせいだ。
「あの〜何の手続きですか?」
 2人が同時に俺の方を見る。う〜そんなに呼吸合わせた行動しないで下さいよ…
「ん?ああ、青島の支部変更の手続き。福岡から東京への移籍ってヤツだ。」
「それが受理されたの。だから私もこれからは東京支部在籍になるの。よろしくね。」
 あっさりと2人して教えてくれた。ああ、そうか、確か選手間で結婚した時に結構そういう事があるって聞いた事がある。はぁ〜職場結婚ってヤツですか…
「あ、よ、よろしくお願いします…」
 頭を軽く下げる。
「ええ、よろしくね。それでこれからどうするの?」
 目を俺から波多野さんに向け青島先輩が話し掛ける。
「ん?腹も減ったし、メシでも行こうと思ってるけど…お前も来るか?」
 今度は波多野さんが俺の方を見ながら尋ねる。不意に俺に振られた物だから戸惑う。しかし、戸惑った割りにその答えは決まりきっている。 
「い、いや、お邪魔しても悪いですし…俺、一人で帰ります。」
 だって、あれだけの仲の良さを見せ付けられてよ?しかも今も波多野さんの手が青島先輩の肩に掛かってる状態でどうやっておめおめと一緒に行けますか?
「そっか?う〜ん、それじゃあ、気を付けて帰れよ。」
 そんな俺の葛藤を簡単に受け、波多野さんがあっけらかんと言う。青島先輩は笑顔のまま軽く会釈された。負け犬決定。敗者はただ去るのみ。
「はい、お疲れ様でした。それでは…」
 そう言って俺は背を向ける。
「本当に気を付けろよ〜」
 そんな俺の背中から波多野さんの言葉が聞こえる。俺も少し右手を挙げてそれに答える。そして波多野さんと青島先輩は楽しそうに談笑しながら俺とは別の方向へ歩き出す。距離が離れていき、そして曲がり角で2人が見えなくなった。……………悲しくなんか無いさ、俺には競艇があるさ。あ、波多野さんにも青島先輩にも競艇はあるか…。「俺はボートが恋人だ〜!!」




FIN 

 


 

え〜っと、激しく暴走した波多野×青島でした。今回は第三者のオリジナルキャラ(名前募集中・爆)の語り口で2人を短く書いてみましたがどうでしたでしょうか?ちなみに作中でもある通り波多野が26歳という設定です。まだまだ力足りない点がありますので、何かご意見を頂けると嬉しいです。それでは、また次作の暴走創作でお目に掛かりたいと思います(爆)

 

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