ひとでなし
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「おーい、カトーさん」 二度、そう呼ばれて、ようやく自分のことだと気付き、加東景は振り返った。 長いワンレングスの黒髪が、ゆらりと揺れる。 眼鏡のレンズの向こうに、「チャラチャラした」印象の女子大生がひとり、さっぱりした顔で立っている。
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彼女は、こちらが返事をするよりも早く、肩に手をかけると、やあやあやあと、馴れ馴れしい笑顔を見せた。 「佐藤さん」 景は、表情の乏しい顔を動かして、彼女の名前を口にする。 「カトーさん、確か三限の生物とってたよね」 あいさつもなしに、いきなりそう切り出す。 「………」 景は無言だ。 何を言っているのか分からないというよりは、これから何を言われるか分かっているという風である。
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「課題の小レポート、今日までだよね。ちょっと見せてくれない?」 予想通りのセリフ。 見せてくれというのは、つまり写させてくれということだろう。 「いやよ」 素っ気なく答える。 案の定、彼女――佐藤聖さんは、不満顔でブーイング。 「えーなんで。いいじゃない、見せるくらい」 「課題は自分でやるものよ」 「うわ。固いなぁ」 「固くて結構」
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「カトーさん、付き合い悪いって言われるでしょう」 「自覚はしてるから」 「けちー。真面目っ子。ひとでなし。」
景はくるりと振り返った。 こころなしか、こめかみの辺りがぴくぴくしている。 「昨日まで、人の存在すら忘れていた人に、言われたくないわね」 それは、レイニーブルーの翌日の、梅雨の晴れ間のお昼時だった。
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ごもっとも(^^;)。 |
2003.05.01 |