涼風吹いて |
「細川可南子を追ってる?ご冗談」 昼休み。志摩子さんご推薦の講堂裏でお昼ご飯を食べていた祐巳と由乃さんは、中庭をふらふらと歩いている三奈子さまを捕まえて、聞いてみた。 「あら、この卵焼きとても美味しいわね」 言いつつ、祐巳にどうぞと差し出された弁当箱から、遠慮なく2つ目をつまむ。 「だって、三奈子さまはこういうネタお好きでしょう?祐巳さんとも、最近すごく親しいんですよ?」 まるでたきつけるような言動の由乃さんに、祐巳はちょっと、と食ってかかる。 「ふうん、そう」 しかし、返ってきたのは気のないお返事。
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「ふうん、そうって…」 信じられないものを見たように、祐巳は由乃さんと顔を見合わせた。 「今、次の模試に向けて、追い込みの時期なのよ」 ああ忌々しいと、三奈子さまはポケットから単語帳を取り出してめくり始める。たぶん、そうして自制しているに違いない。 「あ…」 「…受験勉強、ですか」 納得すると同時に、祐巳と由乃さんの表情は曇った。 受験…それはつまり、卒業と同義で。 山百合会にさまざまな迷惑を振りまいてきた方といえど、そういう言葉を聞くのは、つらい。 祐巳の心に一陣、涼しい風が吹き抜けていった。
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「あ、そうだ」 祐巳の微妙な心の動きには気付かなかったようで、三奈子さまは体をかがめて、小声になった。 そういうポーズをさせると、非常に「らしい」。 一体、今度はどんな悪巧みを思いつかれたのかと、祐巳と由乃さんは思わず体を引いた。 「最近、真美に変わったことない?」 「真美さん…ですか?」 クラスメイトである二人は、拍子抜けしたように顔を見合わせた。 「いえ、別に…」 「…これといったことは」 「そう」
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「あ、そういえばこの間、乃梨子ちゃんのボーイフレンドについて聞かれましたけど…」 「えっ、何それ、私聞いてない」 その話題が出たとき、なんとなく真美さんらしくなかったので、よく覚えていた。 「それって、タクヤ君のこと?」 「…ええ」 さすがは地獄耳。これはやぶへびだったか…と後悔したが、三奈子さまは、まさかねぇ…などとぶつぶつ呟いて自分の世界に入ってしまっている。 「あの…三奈子さま」 「え?ああ、なにかしら…?」 「…卵焼き、全部なくなっちゃったんですけど」 「あら…ごめんなさい(もぐもぐ)」
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考え込むと、無意識に食べているタイプ(笑)。 |
2004.03.16 |