最終幕は上げないで |
最初にロミオ役を務めた白薔薇さまの演技は素晴らしかった。 台本を持っての演技なのに、淀みなく情感が籠もっていて、そして輝きがある。 さすがは白薔薇さま…と、部員たちからも感嘆の声が漏れていた。 『…ジュ、ジュリエット!』 それに比べて、紅薔薇のつぼみのロミオは、気高い貴族という役回りにはほど遠いものだった。 台詞はたどたどしいし、見ている者がはらはらするような危なっかしさがある。 しかし…。 だからこそ、観客を惹きつけるのかもしれない。 そのひたむきな一生懸命さは、決して演技ではないのだから。
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『ジュリエット、私は誓おう』 『いいえ、それはなりません』 『なぜだ!私は今宵、貴女と愛の誓いを交わしたいものを』 『私はすでにあなたへの愛を誓ってしまいました。 『ジュリエット…!』
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やがて舞台はクライマックス。 意に染まぬ結婚を回避するため、薬を飲んで昏睡状態となったジュリエットの前に、ロミオが現れる。 絶望した彼は毒をあおり…やがて意識を取り戻したジュリエットもまた、短剣で彼の後を追い…幕、となる。
キャピュレット家の霊廟。ロミオが、第一声を…。 「…部長。そろそろ時間ではありませんか?」 最終幕は上がらなかった。昏睡状態のはずのジュリエット―――瞳子ちゃんが起き上がり、言ったからだ。 「ああ、そうね。それじゃここまでにしましょうか」 最も良いシーンを割愛されて、観客である部員たちからはブーイングが上がった。
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「お疲れさまでした、白薔薇さま。祐巳さま」 「えっ。あ…うん。お疲れさま」 さっさと背を向けて、瞳子ちゃんは更衣室へと消えた。 台本を持ったまま舞台に取り残され、あっけにとられていた祐巳は、志摩子さんを振り返った。 「私、何か瞳子ちゃんを怒らせるような失敗しちゃったかな?」 志摩子さんは最後まで演技を終えたのに。 「…そうではないと思うわ、きっと」 瞳子ちゃんの消えた扉を見つめて、志摩子さんは不思議な笑みを湛えていた。
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志摩子(きっと、最終幕を演じたくなかったのではないかしら…) |
2004.04.08 |