猫目石・陰 |
「じゃあね」 「うん」
そう言って別れる景さんは、いつもより心なしか弾んで見えた。 彼女はこれから、お父さんとデート。 普段、表情に乏しい彼女だけれど、こういう面もあるのかと思うと、少し驚いてしまう。
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私はポケットに手を突っ込んで、行儀悪くキャンパスを歩いた。 低木の垣根の向こうに、深い色の制服の群れが見える。 子羊たちは今日も、無垢な笑顔で歩いていく。 ことさらにそんなことを考えたのは、少しシニカルな気分になっていたからかもしれない。 私の足は、いつしか高等部の方に向いていた。
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別に、目的があるわけではなかった。 銀杏並木を抜け、気が付くと、校舎の裏手に差し掛かっていた。 放課後のクラブ活動で活気のあるグラウンドと違って、そこは静まりかえっていた。 時折、体育館から生徒の声が籠もって聞こえてくる。 こんなところで何をしているんだろうと、我に返って軽いため息をついた。
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と。 見知った小さい影が、目の前を横切った。 黒っぽい、トラ猫。 覚えているのよりも、また少しふっくらしただろうか。 ここは案外、食料事情に恵まれているのかもしれない。 「おいで」 私がチッチ…と差し招くと、しかし、その子はぷいと顔を逸らして、素早く駆け去った。 「ちぇ…」 猫を追って吹いた木枯らしが、やけに冷たく感じた。
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猫目石=キャッツアイ。 |
2004.04.24 |