カルガモの写真 |
パシャッ。
「ふむ…」 子供の頃やった覚えのある「電車ごっこ」のように、つかず離れず微妙な距離を保ったまま通り過ぎていく2人をファインダーに収めて、蔦子さんはカメラを下ろした。
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「というわけで、この写真なんだけれど」 バラッ…と手品のように数枚の写真を机の上に並べて、蔦子さんは縦ロールの少女を見やる。 放課後の一年椿組の教室には、今は2人の姿しかない。 彼女は写真を一瞥して、無愛想な視線を上げた。 「これが何か」 少なくとも、表面上まったく動揺を見せないのは、さすがは学園祭で名を上げた演劇部期待の星と、ほめるべきだろう。 「新聞部が次のリリアンかわら版用にと、この写真をご所望なの。それで、あなたのご意向を伺おうと思って」
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リリアンかわら版、と聞いて、彼女の片眉が一瞬だけ動く。 「わざわざありがとうございます。ですが、自分のあずかり知らぬ所で撮られた写真をやり取りされるのは、正直、気分の良いものではありませんわね」 「うん。そう言われるだろうと思った」 下級生の皮肉をものともせず、蔦子さんは、まっとうな意見だわと、あっさりと頷いた。 「では、この写真はあなたに進呈するわ」 「え…」 差し出された写真を前にして、初めて、彼女の表情に小さな動揺らしきものが現れた。 こうした展開は予想していなかったらしい。
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「こちらでネガごと焼却処分にしてもいいんだけど、祐巳さんの写った写真を燃やしてしまうのもしのびない。結構よく撮れてるし」 確かに、写真はピントも鮮やかで、紅薔薇のつぼみと縦ロールの一年生の微笑ましい姿が伝わってくるいい写真だった。 躊躇する彼女に、蔦子さんはふとあごに手をやる。 「そうね。当事者にということなら、祐巳さんに差し上げるのも、ひとつの手…」 「それには及びません、私が処分いたしますっ」 言い終わらないうちに、彼女の顔が間近まで迫っていた。 蔦子さんは笑って、写真を手渡す。 「いい被写体だから、できればまた撮らせていただきたいわ」
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指でつくったファインダー越しに、彼女の少し赤くなった、仏頂面が見えた。 |
2004.12.31 |