リボンを忘れた日 |
「あれ…珍しいね、リボンがトレードマークの祐巳さんが」 同級生の桂さんが、目をぱちくりさせる。 「う、うん…」 福沢祐巳。リリアン女学園中等部二年。 自慢ではないが、この二年間、お下げにしてこなかったことなど数えるほどしかない。そう、よほどのことが重ならない限り…。 「寝坊?それとも、寝ぐせ?」 「…両方です」
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祐巳はくせっ毛の上、髪質がなかなか手強い。 目覚ましセットを忘れて飛び起きた今朝の頭は無茶苦茶だった。 無理矢理お下げにしてみたものの、まるでホウキ状態。 仕方なく、後ろをゴムで縛ってなんとか体裁を整えたのだった。 「それは大変だったわね」 祐巳の説明に、桂さんは笑い混じりに同情した。 「ところで祐巳さん、1時間目が移動教室だって、覚えてる?」 沈黙。 「…あーっ!」
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ばたばたばた… 「もう、桂さんっ。教えてくれてもいいのに!」 被服室へ、リリアンの生徒にあるまじき勢いで駆ける。 「だから待ってたじゃない」 「さ、最初に言ってくれれば…きゃっ」 運動部だけあって、桂さんとの間はどんどん離れていく。背中に向かって文句を言った拍子に、足がもつれて誰かにぶつかった。 プリントが廊下に散らばる。 「ごっ、ごめんなさい!」 あわあわと息を切らしながら、祐巳はプリントを拾い集める。
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「あの、平気ですから。…それよりもお急ぎだったのではありませんこと?」 「ああああっ、そうだった」 バサバサバサッと何とかプリントを回収して、祐巳はぺこぺこと頭を下げながら、ろくに相手の顔も見ずに紙の束を押しつける。 「本当にごめんなさい!急いでいたからっ…あああチャイム鳴ってる!」 ごめんなさいっ、と繰り返しながら走り去っていく後ろ姿を見送って、ぶつかられた少女はため息をついた。 なんてあわてん坊な方だろうと思いながら、教室に入る。 祐巳が、もう少しちゃんと顔を見ていたら、その特徴的な髪型に目を奪われたかもしれない。 彼女は、見事な縦ロールをしていた。
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二人が本当に出会うのは、まだもう少し先のお話。 |
2005.2.3 |