カニーナ・カンタービレ3 |
「お待ちになって」 もう、振り向かなくても誰の声であるのか、それがわかった。 できることなら、気付かなかったふりをして、このまま歩み去ってしまいたいのをぐっと堪える。 「ごきげんよう」 振り返った先で、予想通りの人物が、薔薇の大輪もかくやという華やかな笑顔を浮かべて立っていた。 「ご、ごきげんよう祥子さん」
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「ありがとう、あなたのアドバイスのおかげよ」 「は?」 「…ふぅ。あれは、そう。とても…とても甘美なひとときだったわ」 つつ…と、背中に冷たい汗が伝うのを感じた。 彼女は、何故かうっとりと自分の身体を抱き締めている。 「これでうまくいきそうよ。ああ祐巳…必ずあなたを妹にしてみせる…」 そこにはいない誰かに呼びかけるようにして去っていく彼女の後ろ姿を、私はただ見送ることしかできなかった。
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その後、福沢祐巳という少女が、紅薔薇のつぼみの妹になったと、風のうわさ(リリアンかわら版)で聞いた…。
(牡丹の花びらが、ぽとりと落ちる)
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ああ、マリアさまごめんなさい。 前途ある1年生を、決して逃れられぬ女神(祥子さん)の腕の中へ、みすみす追いやってしまいました。
だが、静は知らなかった。 逃れられないのは、むしろ祥子さんの方だということを。
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恐るべし、福沢マジック。 |
2005.2.7 |